とても短いお話を

 僕の見栄
 後三日で、地球が滅ぶ。そう聞かされた時、僕はそれを疑った。当たり前のことだった・・・・と、思う。
 そんなこと、聞かされて頭から信じられる奴は、どっかの宗教家か頭がいかれてるか、よっぽど信じやすい奴だけだと思う。当然、僕はそんな奴らの一味じゃなかったから、母親が真面目に話してきたのでさえ疑った。
 「母さん、冗談きついよ」
 「嘘じゃないよ。テレビ見てご覧なさい」
 そんなこんなで、無理矢理見せられたテレビの中では、偉そうな某大学教授が青ざめた顔で解説をしていた。解説によると、なにやら隕石が地球に衝突するらしい。その他のことは、僕には難しすぎたので聞き流したが、なおも僕は疑って、
 「今日って、四月一日だっけ?」
 と尋ねた。
 「違うわよ。今日はもう五月よ」
 やはり、青ざめた顔で言う母。どうやら本当らしいと、僕は気づいたので、『そっか』とだけ言って、話を打ち切った。これ以上、話してもどうなるわけでもないし、やっぱり心の底では、地球が滅ぶなんて、事実を受け入れられなかったからだ。
 母親は言葉を続けたがっていたが、僕があまりに素っ気ないのであきらめたようだった。

 母との会話が終わって、僕は部屋で学校へ行く準備をしていた。きっと学校に行けばいつもと変わらない奴らがいて、いつもと変わらない日常が送れると思ったからかもしれない。
 僕は、鞄を持って自分の部屋を後にした。

 学校にはほとんど人がいなかった。いつもは偉そうな顔をしている体育教師も、温厚で知られる教頭先生も、どこか天然ぼけの担当教師でさえ。
 それは、教室でも同じ事だった。いつも騒がしい奴がいない。理屈っぽい奴もいない。教室の隅にいそうな奴もいない。ただ、一人だけ女子がいた。名前もうろ覚えの影の薄い女子だった。たしか、里中とか言ったと思う。
 僕は彼女に、声をかけてみることにした。
 「里中さん」
 「何?」    
彼女から帰ってきた言葉は意外にもふつうだった。僕は、言葉を続ける。
 「里中さんは、何で学校に来たの」
 「他にすることが無いから」
 「他にすることが無いって?いっぱい、あるじゃん。遊び行くとか・・・」
 「じゃあ、なんでここにいるの?」
 「それは・・・」
 正直、答えに困った。何となく地球が滅ぶという事実を否定したかった、と言うのが恥ずかしく思えた。だから・・・
 「里中さんと一緒さ。俺やりたいことはみんなやってきたし、今死んでもきっと後悔しない。だから、他にやることが無いからここにいるんだ」
「そう、私とは違うのね」
そういった、里中さんの目は悲しそうだった。

 次の日も、僕は学校にいた。里中さんもいた。僕らは何となく、今までのことを話していた。それは、明日終わってしまう、僕らの歩いてきた道の話だった。
 小学生の頃、鯉の池に落ちた話、チャボの掃除当番の話、昔好きだった人の話、一方的に話し続ける僕の話を里中さんはじっと聞いていた。あらかた、僕の話が終わった頃、次に里中さんの話をしてと、僕はせがんだ。
 「大したことじゃないけど・・・」
 里中さんは本が好きらしく、今まで読んだ本の話を始めた。影と戦う魔法使いの話や、少年たちがバンドを組む話、里中さんは本当にいろんな本の話をしてくれた。
 「その本、読みたかったな。俺」
 僕は、そう呟いた。
 「私も、もう一度読みたかった」
 里中さんも、そう呟いた。
 シンっと静まりかえる教室。僕は、重々しい空気の中で口を開いた。
 「後悔しないなんて、嘘だ」 
「え?」
「俺は・・・・、僕は・・・・まだ何にもしてないよ。死ぬなんてヤダよ」
 「私も」
それから、二人で思いっきり泣いた。男が泣くもんじゃないのかもしれないけど、どうしても耐えられなかった。思いっきり泣いて後で、僕らは二人の夢を話した。僕のは夢なんて、言えるたいそうなものじゃなかったけれど・・・。
 「俺は、恥ずかしいんだけど奥さんがいて、子供がいて、犬が一匹いて、裕福じゃなくてもいいから、なんていっていいか・・・・幸せに暮らしたかった」
 「過去形にするのやめようよ」
「うんそうだね。暮らしたい」
「私は、作家になりたい。そうだ、ごっこしようよ?」
ごっこ?」
「そう、ごっこ。家族ごっこ。私が奥さんで、作家。で、君は夫でサラリーマン」
「恥ずかしいよ」
 「大丈夫!他に人なんていないし。明日になれば・・・」
みんないなくなる。きっと、里中さんはそういいたかったはずだ。一瞬、沈んだ顔をした里中さんは、すぐ明るさを取り戻し、
 「やろうよ!」
と言った。
 「うん!」
僕は、里中さんに負けないように声を張り上げてそう答えた。

 ごっこは楽しかった。里中さんが、小説のアイデアが浮かんで料理をほっぽり出して料理を焦がしてしまったり、僕の帰りが遅いことで怒ったり。そんなこんなで、日はもう夕方になっていた。
 「楽しかった」
「私も」
お互い、これがあり得ない遊びだって事を知っている。だけど、僕らはこれをしたことを後悔しないと、思う。少なくとも僕は。
 「私、今日このごっこして良かった」
 二人とも。
 「さあ、もう行こうか」
「うん」
それは、僕らの交わした最後の言葉だった。
 
 僕は思う。きっと、僕らは誰でも何かをやり残す。それは、アインシュタインアリストテレスにしたって、きっとそうだ。彼らはきっと何かを後悔した。そんな、人でさえ後悔するのに、僕みたいな青二才が後悔しないことなんてきっと、ない。
 でも、後悔できて僕は良かったと思う。後悔しない人生は、きっと終わっていた人生だ。満足して、それまでだ。僕には明日があった。後悔できる明日があった。それは、とてもすばらしいことなのだ。
 里中さんと出会えて良かった。少しだけ胸を張って明日を迎える事が出来そうな気がした。fin
 
思い出せばもう二年も前に書いた物だったりします。何というか下手くそですね………。ま、何も乗せないわけにも行かないとのことで。これでもと。また、そのうち過去の恥をさらそうかと思います。